未来創造イベント
「新しい魅力を未来へ」

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古里の「宝」こんなに みんなで育み未来へ

東北七新聞社協議会が主催する「東北発ニッポン元気アクション」の未来創造イベント「新しい魅力を未来へ」は10月13日、盛岡市のいわて県民情報交流センター(アイーナ)で開かれた。基調講演や医学講座に続いて、「~discover~東北の魅力、旬発見」をテーマにパネルディスカッションを展開。東北に暮らす人々や昔ながらの伝統文化、地域のつながりなど身近にある魅力を新たな視点で掘り起こし、未来へ向けて大切に育み、全国、世界へと広めていくことを誓った。

  • ■主催:東北七新聞社協議会(岩手日報社、東奥日報社、秋田魁新報社、山形新聞社、河北新報社、福島民報社、福島民友新聞社)
  • ■後援:岩手県、青森県、秋田県、山形県、宮城県、福島県
  • ■協賛:全日本社会貢献団体機構、第一三共、中小企業基盤整備機構東北本部、東日本ハウス
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株式会社惣兵衛代表取締役
畠山 さゆりさん

奥村 最初に自己紹介を。
畠山 一言で言うと健康オタク。花巻市の農家に生まれ、「食べることは体をつくること、生きること」をテーマに会社経営をしている。Uターン後、岩手の良さを伝えたくてITコンテンツ制作で起業し、コンサルティングをしながら人のブランド化に取り組んでいる。食とともに方言の魅力発信もしている。

高橋 私も花巻市出身。30代でUターンして県議を務め、現在は大槌町の支援を続けている。高齢化や生産者の担い手不足など日本の農山漁村が抱える問題が震災によって10年、20年先取りされているような状況だ。私たちの命の根源である食をどうやって支えていけばいいのだろうと考え、生産者の生きざまを伝える雑誌を作って都市の消費者と東北の生産者を結ぶ活動を始めた。
そのだ 東京の出版社からデビューし17年。漫画は絵を描いて伝える仕事なので妊娠出産しても続けられ、地元密着型の漫画家として一回も東京に出ずに仕事をしている。震災後は子どもたちの似顔絵が描きたくて色紙を持って小学校や幼稚園、保育園を訪ねた。みんなが笑ってくれればいいな、それだけで絵を描き続けている。盛岡市出身で雫石の農家に嫁いだ。

奥村 岩手の魅力の一押しは。
畠山 妊娠出産を経て、食の大切さに気付いた。岩手では安心安全でおいしいものが近所で手に入る。食べ物を育む「人」、また会いに行きたくなるような「人」が一押しだと思う。

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NPO法人東北開墾代表
高橋 博之さん

高橋 都市向けの雑誌は定期購読で7月の創刊から3カ月で会員が千人になった。岩手の魅力はやっぱり「人」。東京のスーパーの商品には作った人の人柄や家族の物語は書いていない。これを雑誌に書いて、商品と一緒に食卓に届ければ作り手の顔が見える。そしてネットで消費者と生産者をつなぐのがポイントで「おいしい」「こう料理した」と感想が届くと生産者も喜ぶ。生産現場を理解し、適正価格で買ってもらえるようにしたい。
そのだ 自分の目線で細かいところを漫画にして伝えている。私の集落では法事の時に「数珠回し」をして念仏する昔ながらの伝統がある。嫁としては面倒くさいことも多いが、全国的には新鮮に映るようだ。

奥村 私は滋賀県出身で、10年前に岩手に来た。岩手は面白いのに遠慮深く、PR下手でもったいないと思ったこともある。

畠山 小さいころから岩手の方言は響きがフランス語のようできれいだと思っていた。田舎の景色は一緒でも、そこに先祖から連綿と続く文化や精神が宿っている。もっと自信と誇りを持ってほしい。

高橋 PR下手だという東北の人間性をPRすればいいと思う。震災後、被災地支援に全国から多くの人が訪れたが、地域の人が助け合う姿に触れ、都市にないお金に換算できない価値に気付いた。
そのだ 広い岩手にはまだ知られていない宝物がいっぱい隠されている。それを当たり前と思ってほしくない。

奥村 魅力を伝える難しさは。
そのだ ストレートに発信し、あとは聞いた人が判断すればいいと思う。

高橋 洗練された都市部の人に対し、見せ方やデザインなどを工夫し、よりスタイリッシュに伝えることを心掛けたい。

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漫画家
そのだ つくしさん

畠山 岩手弁のテープを作り、東京で配ったことがある。東北の人は東京に行くとお国言葉を隠そうとするが、自信を持ってすごく素敵なのだと伝えれば、都会の人もすんなり受け入れてくれる。

奥村 東北の文化に助けられたことは。
そのだ 私はよしゃれも念仏も好き。それをネタにして発信することを応援してくれる所に嫁いでラッキーだった。

高橋 親切だが裏を返すと若い人にとっては窮屈な面もある。風通しの良い地域社会にしていかないと未来はない。

畠山 専業農家にこだわらず、それぞれが得意分野で関われる開けた農業でいいのではないか。

奥村 新しい魅力を発見するにはどんなことが必要か。

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IBC岩手放送アナウンサー
奥村奈穂美さん

高橋 東京の1割の人が何らかの形で被災地支援に訪れ、第二の古里のような新たな関係をつくり始めている人もいる。外から来た人の声に耳を傾ければ、自分たちの価値を知るきっかけにもなる。

畠山 アーティストにファンがいるように、農業も応援や共感で買ってもらう時代。ファンになってもらうには、岩手のあるがままの魅力を大切に育てるべきだ。
そのだ 一人一人ができることをできる範囲でやる。受け入れてくれる人とコミュニケーションをどんどん広げてほしい。

奥村 今後、目指すことは。
畠山 飽食の時代なので引き算をする。シェアリングすることができるのも東北ならではで、ポジティブに自分が我慢して分け合うような強さを伝えたい。

高橋 日本は年間3万人が自殺で亡くなっているが、これは防げる死。物質的に豊かになった一方で、置き去りにされてきたことがある。東北から新しいモデルをつくり、東北が日本を復興する。
そのだ 人任せにしないでもっと面白い地元にする。若い人に面白いと思わせる岩手をつくるのも私たちの役目ではないかと思っている。

  • はたけやま・さゆり 専門学校卒業後、外資系企業などに勤務。結婚後32歳2児の母から独学でIT業界に参画、00年起業。現在、ITデザイン、オリジナルブランド無農薬米販売、玄米菜食カフェ運営、ベジタブルスイーツ通販と自由な発想でビジネスを展開中。花巻市出身、同市在住。49歳。
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  • たかはし・ひろゆき 岩手県議を辞め、岩手県知事選に挑戦し、落選。現在、NPO法人「東北開墾」代表。食べもの付きの月刊誌「東北食べる通信」を創刊し、編集長に就任。〝世なおしは食なおし〟を掲げ、東北各地の生産現場を飛び回り、生産者と消費者を情報と食べものでつないでいる。花巻市出身、同市在住。39歳。
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  • そのだ つくし 漫画家。集英社からデビュー。「純愛ローカル劇場」「女の花道」「主婦のトモ」(集英社)、「あやしげ通販」(講談社)など。子どもでも分かりやすい漫画を媒介として広く県民に地元の良さを啓発している。著書「ずったり岩手」。盛岡市出身、雫石町在住。42歳。
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    おくむら・なおみ 04年、IBC岩手放送アナウンス部入社。夕方の県内ニュースのキャスターや土曜朝の情報番組の司会、スポーツ番組の実況などを経験。09年からは報道部記者も兼務し、ニュース取材やドキュメンタリー番組の企画、制作にも取り組む。1児の母。滋賀県東近江市出身。32歳。

これが三陸、宮古の魂だ―。

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「被災地に元気と勇気を」。
願いを込め激しく太鼓を打ち鳴らす宮古山口太鼓の会のメンバー

講演とシンポジウムの合間に行われたアトラクションでは、ことし結成41年目を迎えた、宮古市の宮古山口太鼓の会が出演。復興へと向かう不屈の精神を太鼓の音に乗せ、会場にとどろかせた。

「セイヤー」「セイヤー」という威勢のいい掛け声、鋭い視線。跳び上がり、舞い踊りながら体全体を使ってばちを打つ。激しくリズムを刻む小太鼓、ずしんと重い大太鼓が混じり合い作り出すビートが、聞く人の体の芯、心の奥底まで震わす。

発足当初は太鼓すらなく、丸太やバケツをたたいて練習したという。しかし、今では小学生から社会人まで総勢60人の大所帯に成長、全国各地で公演している。

会長の佐々木清さん(64)は「被災地のことを忘れないでほしい。一度でも足を運び、現状を見てほしい」と力を込め、「絶対に震災に負けない。生きる力をふるさとに与えたい」と太鼓の音に負けないほどの声で会場に訴えた。

 

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基調講演

「言葉のチカラ」

フリーアナウンサー、東北福祉大客員教授
生島 ヒロシさん

いくしま・ひろし 宮城県気仙沼市出身。76年TBS入社後、ラジオ番組を振り出しにアナウンサーとして活躍。独立後はヘルスケアアドバイザー、ファイナンシャルプランナー、防災士などさまざまな資格を取得し活躍している。

僕は気仙沼市出身で、ふるさとに暮らす妹夫婦は2年前の3月11日、東京で13日に行うおふくろの四十九日法要のため、遺骨を持って乗った列車が津波に流され、帰らぬ人になった。14日にラジオの生放送がありきつかったが、「生島さんの声が日本を朝から元気にする。頑張って」と、まさに「言葉のチカラ」に励まされた。

お金の掛からない健康法を紹介する。朝起きて必ず、手を握ったり開いたりしながらスクワットする。人間の筋肉の7割は下半身にあり、特に太ももが弱ると代謝も悪くなり、病気になる確率も高くなる。

歯の健康も重要。「FBI」というフロス、ブラッシング、イリゲーションが大事。フロスは糸式ようじで、ブラッシングは歯ブラシ、イリゲーションは口内洗浄器。歯のケアは遅いということはない。今からでもやってほしい。免疫力を高めるためには体を冷やさないのが大切。鼻と喉のケアも重要で、口の奥にある上咽頭は、ウイルスをろ過したりブロックする。鼻は加湿器の付いた空気清浄器だ。ウイルスをろ過した空気を体内に入れてくれるので、鼻うがいを試してほしい。

僕は大学受験に失敗するなどし、一人でアメリカに行った。ハワイからロサンゼルスに行き、財布の中身は1万円。人間は追い詰められるとその気になる。僕は子どものころは赤面症で、人前でしゃべるのが苦手だった。だが、そこから踏ん張り、いろんな人に助けられながら4年間でアメリカの大学を卒業。TBSに勤め、1989年に独立した。独立後、働かないと収入は増えないため、一人一人が自立して生きることの重要性を痛感した。

最近出会った医師の帯津良一先生は、一日一日を今日が最後と思って生きなさいと「一日一生」という言葉を色紙に書くという。最後の場面をイメージしながら、一日一日を一生懸命生きることが大切だとも話す。

僕を支えてくれた言葉を紹介する。震災後に出した喪中のあいさつのはがきで、亡くなったおふくろの口癖を引用した。のんきな母は「だいじょぶ。だいじょぶ」とよく言っていた。僕はこの魔法の言葉に何度も救われた。貧乏だったが、わが家は明るく、前向きに支え合って暮らしていた。

しかし、3月11日、ふるさとは火の海となり、母の遺骨とともに妹夫婦は津波にさらわれた。残された人間の責任として、日本が新しく生まれ変わるための支援活動をしていかなければ、たくさんの失われた命に申し訳ない。明日は今日の延長ではない。「一日一生」。一日一日を一生懸命生きていきたい。

たった一秒の言葉にもすごいパワーがある。「初めまして」。この言葉に一瞬ときめきを感じる。「ありがとう」で人の優しさを知る。「頑張って」で勇気がよみがえる。「ごめんなさい」。この言葉に人の弱さを見る。「さようなら」。この言葉が永遠の別れになることもある。一秒に喜び一秒に泣き、一生懸命一秒。一秒の積み重ねが一生。与えられた命、この人生を思いっきり自分らしく生き抜きたい。

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医学講演

「認知症は家族や周囲の理解が大切」

寺山靖夫教授

てらやま・やすお 79年慶応大医学部内科学教室入局。90年同大より医学博士。96年米ベイラー医大神経内科脳循環研究室アソシエイトディレクター。99年横浜市立脳血管医療センター神経内科医長を経て、03年岩手医大内科学講座神経内科・老年科分野教授。北海道出身、59歳。

認知症とは「一度獲得した知的能力を失うことによって、社会的生活や職業に支障を来すような状態」を指す。少し物忘れが始まっただけでは認知症とはいわない。皆さんと同じような生活ができなくなって初めて認知症となる。

人間の知的機能は、平均65歳ぐらいで衰えを感じ始める。その前の40代くらいから症状が出て一気に悪くなる病気をアルツハイマー病という。
年を取るとアルツハイマー病とよく似た症状が出てくる。それは「アルツハイマー型老年認知症」という。認知症の原因はまだよく分かっていないが、脳の中のアミロイドという物質が関係していると考えられている。

認知症を予防したり、症状を遅らせるためにアミロイドを増やさない生活が大事だ。血の巡りが悪いと脳卒中が増加し、脳の老化が早まる。喫煙、飲酒を控え、高血圧や脂質異常、肥満にならないようにしたい。

なぜ認知症が増えたのか。生活習慣病の増加だけでなく核家族化、独居老人の増加も関係している。社会の「老い」に対する誤解もある。複雑化した社会で、高齢者が生活の全てを一人でやらないといけない。でも、できないことも増える。

認知症は社会や周囲の理解が不可欠。早期の症状のある人を、家族が優しく包んであげたい。薬を使った療法は症状が進んでからで十分。家族と周辺の人たちの理解、協力があれば認知症の人は、とても穏やかに過ごすことができる。

認知症の人がいる家族は「一人で看(み)ない」。必ず支援機関に相談すること。社会で看ていくことが必要だ。