東北から科学技術立国を目指す

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超大型加速器・国際リニアコライダー(ILC)の候補地が岩手県の北上山地(北上高地)に決まった。宇宙の謎を探る世界最先端の研究所には世界中から多くの研究者がやって来るため、国内には例のない国際都市が東北に誕生する可能性が高い。医療や高度なものづくりなどの産業集積にも期待が高まっており、東北の産学官は新産業創出の準備を進めながら、誘致に向けて理解を広める活動をしていくことが重要になる。
ILCは全長31~50キロの地下トンネルに設置した加速器で宇宙誕生直後を再現し、どんな素粒子などでできているかを探る研究施設。もし未知の素粒子などが見つかればノーベル賞級の発見だ。
周辺には世界トップクラスの研究者や家族ら約1万人が住むとされ、国際科学都市ができることは次世代の子どもたちにとって大きな刺激になる。ILCを核に医療や新素材、農業などの技術開発に取り組めば、米・シリコンバレーのような技術革新が起こる集積地になる可能性もある。
東北ILC推進協議会が昨年策定した将来ビジョンでは、東北での経済波及効果が建設から30年で約4兆3千億円、雇用創出効果は約25万人と見込む。同協議会の共同代表も務める東北経済連合会の高橋宏明会長は「優秀な人材や高度な技術が集積し、東北がものづくりのブランドになる」と期待している。
加速器産業では大企業だけでなく中小企業が活躍する場も多い。ILCの技術開発に取り組む高エネルギー加速器研究機構(茨城県つくば市、KEK)では、これまで多くの地場企業と加速器の開発を手掛けてきた。
精密加工・設計のオオツカ(つくば市)もその一つ。大塚美智夫代表取締役は「従業員は3人でKEKとは30年ぐらいのつきあい。最初は高性能の加速器部品などをつくり、ILCの超電導加速空洞にも携わっている」と話す。
KEKは今後、ILCの技術開発を担う中小企業の掘り起こしに本腰を入れることにしており、企業との懇談会などを始めたところだ。
ILCの誘致により、精密加工などを得意とする東北の企業には加速器開発などへの参入チャンスが拡大。それに伴い日本の新しい産業創出の拠点にできるよう、企業の「攻め」の姿勢や産学官による産業拠点の戦略づくりが欠かせない。
東北から科学技術立国を目指していく意義を経済界などに広く理解してもらう活動を通じて、政府が誘致を決断する環境づくりも重要になる。

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識者インタビュー

加速器産業には中小企業の技術が欠かせない

吉岡 正和さん

よしおか・まさかず 京都大大学院博士課程修了。東京大原子核研究所を経て、10年まで高エネルギー加速器研究機構教授。現在、同機構名誉教授、東北大客員教授、岩手大客員教授。鳥取県出身、67歳。

ILCは素粒子物理の研究施設だが、加速器の最新技術を活用した産業の振興も期待される。新時代の東北づくりに向けてどんな産業創出の可能性があり、地場企業も参入や技術革新のチャンスがあるのか。ILC計画に20年以上携わる東北、岩手両大の客員教授吉岡正和氏に聞いた。

■ILCの技術はどのような産業に結び付く可能性があるのか。
「直接利用としては直線型の放射光施設をつくることができる。現在、大型放射光施設『SPring|8』(兵庫県)では新しい薬、自動車の排ガス処理の触媒、シャンプーの開発などが行われている。いろいろな用途があるのでILCを活用した場合も予定したテーマとは違う開発が多くできるだろう」
「間接利用としては医学分野などが考えられる。KEKの加速器からも医療関係装置が多く出た。例えば最初につくった陽子加速器の技術を活用して日本で最初の陽子線治療が始まった。KEKをつくるときにそのようなことは考えていなかったが、結果として医学利用ができた。ILCの研究過程で開発した常電導加速空洞技術を使った新しいエックス線治療装置も開発されている」
■自身もがん細胞だけを破壊するホウ素中性子捕捉療法(BNCT)の開発に産学官で取り組んでいる。
「放射線治療では非常に新しいタイプ。ホウ素を取り込んだがん細胞に加速器で発生させた中性子線を当てることで、正常な細胞には損害を与えないでがん細胞だけを殺すやり方だ。数年後には治験に入りたい。ILCを核にして東北がこのような医療関連産業の集積地になる可能性は大いにある。その一つのモデルにもしたい」
「ただ、今言った直接利用、間接利用だけでは寂しい限り。米・シリコンバレーではヒューレット・パッカードなどがスタンフォード大と一緒に加速器を立ち上げながら新産業を創出した。現在は加速器はごく一部であり、非常に広い分野の産業が育っている。東北の人たちがILCを核にして『シリコンヒルズ』をつくるなどそういうことを考えてほしい。待っているだけではだめだ。ILCをつくれば今は考えていない産業がいっぱい出ることは歴史が証明している」
■加速器産業には東北の地場企業も参入できるのか。
「加速器には大企業の力も必要だが、それだけではできない。地元の企業とプロトタイプ(試作機・原型機)をつくる必要もあるし、施設の運転もしなければならない。大企業にできない特殊技術も多いので、中小企業の専門性は絶対に必要だ。開発部門を持つことが難しい企業も多いので、東北大、岩手大などともコンタクトを取りながら一緒に開発してほしい。『こういう仕事しかできない』ではなく、壁を取り払い前向きに取り組むべきだ」

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盛岡農高の生徒 塩生植物で被災水田の除塩に取り組む


岩手県滝沢村の盛岡農高(高橋嘉雄校長、生徒604人)環境科学科の生徒は津波で被災した沿岸の水田で植物による除塩実験に取り組み、土壌の復旧に成功した。
メンバーはいずれも3年生で、石田佳奈さん、武田沙映さん、小田碧海(あおみ)君、田中築(きずく)君、水本涼太君の5人。プロジェクトは上級生から引き継ぐ形で、2年生の春にスタートした。
海水をかぶった水田でも育つ植物を探し、冷涼で湿潤な環境にも適した塩生植物のアッケシソウに着目。昨年夏から秋に、釜石市の被災水田で栽培実験をした。その結果、アッケシソウが塩分を吸い取り、土壌の塩分濃度は5~6%から0・1%に低下。農地では今年、稲作を再開した。
今夏は内陸の紫波町の休耕田で実験し、ここでもアッケシソウが土壌の塩分を吸収することを実証した。
生徒たちは実験の成果を8月に山形県で開かれた日本学校農業クラブ東北連盟大会で発表し、プロジェクト発表(環境)の部で最優秀賞を獲得し、全国大会に出場した。
5人は「被災農地で活用できることが分かった。もっと多くの人に塩生植物を知ってもらいたい」と、復興への願いを込める。
全員が3年生でプロジェクトは今年で一区切り。石田さんは岩手大人文社会科学部に進学が決まり、除染について研究する予定だ。
石田さんは「実験で学んだことを生かし、視点を変えてさまざまな研究を続けたい」と意欲を高めている。

【岩手日報】